東京工業大学シンボルマーク 東京工業大学大学院理工学研究科工学系・工学部シンボルマーク 東京工業大学大学院理工学研究科機械系3専攻シンボルマーク - 在学生・留学生・OBの声 -

東京工業大学 大学院理工学研究科 機械系3専攻

機械物理工学専攻・機械制御システム専攻・機械宇宙システム専攻

在学生・留学生・OBの声

8. 土居 隆宏(2003年・博士修了、中京大学、助手)

 私は現在中京大学生命システム工学部助手として、教育活動のかたわらロボットに関する研究を行っています。現在の研究テーマは、法面上での削孔工事に使うための、実用化を目指した大型の4足歩行ロボットTITAN XIの開発です。


(1)大学院時代の思い出
 私は学部時代は東京理科大学に在籍していましたが、広瀬先生の本が教科書に使われていたことがきっかけで東工大の大学院へ進学することを決めました。大学院時代には、毎日研究室に行き、ロボットを使った実験やソフトウェアの開発をしていました。同年代で趣味嗜好も近い仲間がたくさん居て、研究以外にも刺激的な毎日を送ることができました。
 広瀬研究室のメンバーは全員に自分の研究テーマについて発表、議論する「全体ゼミ」を年2回、各研究チームは「チームゼミ」をほぼ毎月行い、研究テーマについて議論するシステムになっていました。それ以外でも、広瀬先生は忙しい予定の中、教授室を訪れるといつでも研究について議論してくださいました。学会発表もまた楽しかったです。国内外各地で行われる学会に研究室のメンバーと行き、研究成果を発表し、その夜は飲み会になるというのが恒例でした。
 授業のTAを通じて自分も学問の基礎を勉強しなおす機会もありました。機械創造という授業のなかで「大道芸ロボットコンテスト」に出場するロボットを学生に自由に作らせるという仕事がありました。また、学生実験でアナログ、デジタル回路の実験もありました。授業の準備や学生の質問に答える中で、忘れかけていたメカや電気の基本を復習できたように思います。
 広瀬研では実際に動くロボットを作っていることから、工大祭や、ロボット関連のイベントでロボットを動かすデモンストレーションが数多くありました。人前でロボットを動かし続けることは簡単ではなく、しばしば故障して修理を余儀なくされましたが。これもロボットの設計や運用について深く考えるきっかけになったと思います。
 研究室のレクリエーション行事として、毎年春に春ゼミと称するゼミ合宿があるほか、スキーや富士山登山などもありました。花見、暑気払い、忘年会、発表打ち上げ、welcome/farewellパーティといったイベントごとに飲み会が催され、それ以外にもよく飲みに行きました。


(2)東工大のいいところ
 東工大大岡山キャンパスは都心に近い住宅街の中にあり、キャンパスが広く、交通の便が良い立地条件にあります。また歴史がある大学なので優秀なOBが各企業や公的機関にたくさんいて就職も恵まれています。
 また、指導教官、設備が整っています。たとえば私が専門とするロボット研究に必要な部品や工作機械や計算機、ソフトウェアなど、必要になればすぐに使うことができ、機械加工や電子部品を扱う出入りの業者がいて、不足を感じたことはありませんでした。


(3)東工大での研究
 修士、博士課程では歩行移動ロボットに不可欠な地図を、知識を利用して効果的に作る研究をしていました。移動ロボットが搭載した視覚センサによって環境の3次元形状を表す地図を作成する場合、障害物により死角が生じます。この死角域の形状を、部分的に見えた形状情報を手がかりに推定するというのが基本的なアイデアです。部分的に見えた形状情報に地形データベースの知識をうまくマッチングするための方法とそれに適した形状表現についてシミュレーションとレーザーレンジファインダを用いた実証実験を行いました。
 博士課程の最後の年に、広瀬研では経産省の産学協同プロジェクトとして法面作業用4足歩行ロボットTITAN XIの開発が始まっており、博士号取得後は、プロジェクト研究員としてチームの一員に加わり開発に携わりました。油圧駆動の重量7トンの4足歩行ロボットを実用化するというプロジェクトで、私は、ロボットの脚を位置制御するのに必要なセンサとインターフェース回路、制御CPUのシステム開発と基本実験を担当し、1脚試作機での試験からスタートし、平地、斜面での4足歩行に成功しました。現在中京大でTITAN XIの研究を継続しており、最近、TITAN XIは起伏のある法面の形状に適応し、フレームを避けて登っていくことができるようになりました。


(4)現在に生かされていること,助言など
 現在の自分の研究者としてのスキル(プログラミング、メカ、電気の知識)、研究を進めていく方法論、ものの考え方は大学院時代の研究活動、ゼミでの議論や論文作成の過程での査読者とのとのやりとりの中で培われたものです。また、大学院時代の知り合いにはいろいろとお世話になっています。
 現役学生の皆さんには、東工大の人材や施設を目一杯利用して自分を育てて欲しいと思います。自分が面白いと思うことを、とことん追求してください。


OBの声(土居氏)写真1

7. Tommi Muona (Helsinki University of Technology)

When he first asked me to write an article about my experiences while studying at Tokyo Institute of Technology (2003-2004), I was eager to help my professor of that time. He had been very helpful during my stay in Japan, and I felt I owed him this. But soon after reality struck: What would I write about?


During my short stay at TITech (only 11 months), I mostly worked on a project at my lab, Hirose+Yoneda Robotics Lab (http://www-robot.mes.titech.ac.jp/home_e.html). My field of study back home in Finland had been automation technology, but I had always wanted to delve deeper in to the art of mechanical design, which I definitely got to do in Japan. Not only did I get to learn a lot about different mechanical solutions by actually seeing them in action at the lab, but I also got to share ideas with the brilliant minds of the people teaching and studying at the lab.


Besides working on my project, I also participated on a few courses during my stay. Sadly for me (and my poor Japanese skills), most of the courses were not available in English, but don't let this put you down. The TITech international centre offers Japanese courses from zero-level upwards, and the total immersion in Japanese culture that you will experience in Tokyo will help your language studies immensely. You will pick up Japanese sooner that you can imagine.


On a less academic point of view, I enjoyed Oo-okayama campus very much. Being situated within the city in it's own peaceful area gives you a welcome break from the hustle and bustle of Metropolitan Tokyo. The grounds hold the laboratories, the administrative buildings, the international centre, the medical facilities and two cafeterias, and just outside the campus gates you can find a bank, a post-office, a train-station and many shops and restaurants (including the small nikuya with it's delicious O-bento!). You can find nearly anything you want from Oo-okayama, but in case you can't, you can just hop on a train and get to most places in Tokyo in almost no time at all.


Thanks to professor Hirose and everybody at the lab!


Tommi Muona, Helsinki University of Technology (www.tkk.fi)

6. 船木勇佑(修士、2年)

 私が所属する研究室は、同じ機械宇宙システム専攻の研究室とは一風変わっています。それは何と言っても東工大構内ではなく、筑波宇宙センターに常駐しながら研究生活をおくる点にあります。とはいえ、いきなり筑波宇宙センターで研究生活が始まるわけではありません。同じ機械宇宙システム専攻の学生であることに変わりはありませんので、最初の半年は松永研究室に籍を置き、一気に2年分の講義の単位を取得することになります。それと平行して、松永研の学生と一緒にCanSat、CubeSatといった超小型衛星開発プロジェクトに関わり、宇宙工学の基礎を学びます。
 筑波宇宙センターに拠点を移してからは、周りの社会人と同じ環境に身を置くことになります。他の研究室であれば、学生室があって、その中には学部4年生の後輩がいて、博士課程の先輩がいて、といった横のつながりが強いと思います。そんな当たり前の環境はJAXA連携にはありません。周りにいるのは自分と同じ学生ではなく、社会人であるJAXA職員の人達です。そういった点では、寂しさのようなものを感じるかも知れません。私もそう感じました。ですが、これこそがJAXA連携の学生の最大の特権だと思います。近くには最先端の情報をもつ「宇宙開発のプロ」が多くいます。疑問を感じたとき、何かを知りたいと思ったとき、このような人達と話をすることができます。自分から望めば、最高の知識、情報を得ることができるのです。私の研究テーマは、宇宙ロボットを用いた衛星捕獲に関する研究で、これは宇宙ロボットという分野での最先端ミッションです。プロと一緒にこのような研究に携われることに、とてもやりがいを感じています。
 JAXA連携では「誰かがやってくれるから・・・」という期待や甘えはもてません。自分から行動を起こさなければ、最後まで何もできないまま終わってしまうでしょう。逆に自分から行動を起こせる意志をもっている人ならば、充実した大学院生活をおくれると思っています。


在学生の声(船木氏)写真1

5. Thomas Iljic (修士、1年)

The main challenge arriving in Japan is of course the Japanese language and everyday life, on the campus and outside. First taken in charge by the International Student Center, I received orientation and also followed intensive Japanese language courses in order to plainly enjoy my stay in Japan. And believe it or not I am now using only Japanese to speak in my Lab! Coming to Tokyo Tech, you will enjoy warm welcome of the Japanese staff and students but also the green campus and its facilities, perfect to study peacefully or relax.
For graduate students like me the myriad of well equipped labs offers you a wide range of topics to fit your study, whatever your interest in engineering is. English is also widely used and the huge library is very well furnished in foreign publications and books you can borrow. Coming to Japan for a master course at the Matunaga Lab for Space Systems (LSS), I am currently taking part in the lab's next satellite development scheduled for launch in 2006. Learning and applying theory in a concrete teamwork projects is very rewarding: Japan loves technology and Tokyo Tech is a very nice place to enjoy it!

4. 吉原 圭介(2000年・修士修了、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、開発員)

 私は、現在、独立行政法人 宇宙航空研究開発機構にて、小型衛星に関する研究を行っています。従来の我が国の宇宙開発における人工衛星は、初の人工衛星「おおすみ」以来、より高い機能・性能を求め、また、より多くのミッションを達成できるよう、多機能化・大型化を進めてきました。この結果、我が国は現在、世界最大級の大型衛星の開発を実現できる技術・設備を有するに至りました。しかしながら、人工衛星の多機能化・大型化は、同時に、人工衛星システムの急激な複雑化をもたらしました。特に、複数のミッションを同時に実現する人工衛星は、それぞれのミッション固有のシステム要求を同時に満足しなければならず、ゆえに、システムエンジニアリング上、大変難しい問題を扱うこととなります。このような「大型衛星」は、そのシステムの複雑さゆえ、一般的に大変長い開発期間と、1機あたりの開発コストが大変大きなものとなります。残念なことに、近年、我が国の大型衛星の極致ともいえる地球観測衛星ADEOS(みどり)、ADEOS-II(みどりII)等がミッション途上にて、想定外の故障により運用停止となるに至り、我が国においても、このような複雑なシステムを持つ大型衛星のリスクが再認識されました。
 一方、私が研究対象としている「小型衛星」は、質量50~100kg程度の小型衛星であり、上述の「大型衛星」の対極と言える存在です。小型衛星は、サイズ等の制約から、実現できるミッションには限界があり、また、大型衛星のように複数のミッションを同時に実現することは困難ですが、一方、シンプルなシステムとスケール効果により、大型衛星に比して開発期間、開発コストが大幅に低減可能なため、1980年代より海外においては研究が進められていました。また、従来の小型衛星は、そのリソースの制約から、当初、簡単な実験や、学生の教育といったような用途に留まっていましたが、近年の携帯電話に見られるような著しい進歩を遂げた民生エレクトロニクス技術を積極的に活用することにより、現在では、本格的な科学観測や災害監視などの地球観測など、従来の中型・大型衛星が担っていたミッションを補完し、欧州等においては、実際に宇宙開発の一翼を担う存在となっています。


 私は、現在の職場において、このような小型衛星の研究を行っているのですが、このような研究に携わることができたのは、まさに東工大の学部・大学院における研究生活を抜きにしては語れません。当時、私が在籍した松永研究室(学部4年、修士1年時点では、「狼・松永研究室」)では、今年(平成17年)で第13回となる「衛星設計コンテスト」に第1回から参加しており、設計大賞他の入賞の常連となっていました。この衛星設計コンテストは、厳しいリソース制約を課した小型衛星のシステム設計技術と小型衛星ミッションに対する斬新なアイデアを競うコンテストでしたが、本コンテストの参加にあたっては、短い準備期間の中ではありましたが、本来の研究を上回る程のパワーと情熱を必要とするほどで、「あの研究室に所属すると、家に帰れない」という噂が学部学生の間でもまことしやかに語られるほどでした。私は、松永研究室での研究室生活の3年間、毎年このコンテストに参加し、衛星設計の基礎的な素養と、その後の人生で役立つ耐力(体力+忍耐力)を養うことができたと考えています。また、実戦的な衛星設計の経験など全く無い状態からのコンテスト参加であったため、設計にあたっては、常に勉強不足を痛感し続け、その悔しさをバネにひたすら本を読んで知識を吸収するといったことを繰り返していました。このような姿勢を身につけられたことは、現在の仕事において大変大きな財産となっていると考えています。
 更に、私が、修士1年の頃には、研究活動と衛星設計コンテストに加え、「CanSat」という空き缶サイズの小型衛星を開発するというプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトは、机上での設計だけではなく、実際に超小型の人工衛星を製作し、アマチュアロケットにより打ち上げようといった試みで、当時は、日本の学生がだれも想像すらしていなかったようなチャレンジングなプロジェクトでした。発案者は、米国Stanford大学のTwiggs教授。このCanSatプロジェクトには、当初、日本では、東工大と東大のみが参加し、東工大では、松永研究室の修士以下の学生がほぼ総出でプロジェクトチームを構成しました。私は、当時のプロジェクトチームにおいてリーダ的な役割を担うことになりましたが、正直に言えば、プロジェクトマネジメントの経験はおろか、基礎的な知見ですらも無い状態で本番に挑んだため、多くの失敗をし、結果的にはなんとか打ち上げにはこぎつけたものの、到達したゴールは満足のいくものではありませんでした。しかし、小なりとは言え、学生時代このようなプロジェクトに参加できたことで、チームメイトとの目標(ゴール)の共有化と明確化が、プロジェクトの成功にとって何よりも重要であるといったことなどを実経験として得ることができました。


 今振り返ってみると、これらの東工大での経験が無ければ、就職して、2年目にH-IIAロケット初号機に搭載したペイロードLREのシステム担当、3年目に打ち上げられた小型衛星マイクロラブサットの搭載ソフトウェア開発主担当、実験運用コンダクターなどの重要な責務を果たすことは決してできなかったに違いなく、地獄のほうがマシではないか、と思ったこともある研究室生活が、いかに貴重なものであったかを実感しています。


 現在、まだ社会人としても若輩な身であり、学生の皆さんやお世話になった教官の皆様に、ご助言等申し上げる立場にないと自覚しておりますが、些少の経験からあえてご提言するとすれば、現役学生の皆さんには、研究活動以外にも、気力・体力が充実した学生時代にしか経験できない活動を大切にしていただくとよいのではないかと思います。また、教官の方々には、このような学生の活動自体が、学生の研究や将来の社会における活動における「地力」の根幹を強化することをご理解の上、学生のサポートをご考慮頂ければ、学生にとって、他大学では得られない、大変すばらしい環境を提供することができるのではないかと考えます。


 末筆ながら、大学生活において大変お世話になりました教官の方々ならびに同窓の皆様にこの機会を借りて御礼を申し上げたいと思います。


OBの声(吉原氏)写真1 - OBの声(吉原氏)写真2

3. 更田 豊志(1987年・博士修了、日本原子力研究開発機構)

社会へ出てからの実感

 大岡山で9年間の学生生活を送り、日本原子力研究所(以下、原研。10月1日より日本原子力研究開発機構)に入って約18年になります。出来の良い学生ではありませんでしたし、転職等を経てもいないので社会経験豊富というわけでもありませんが、この機会に社会へ出てからの実感について記したいと思います。
 大学院時代、私は宮内敏雄教授の下でメタン及びプロパンの高効率・高負荷燃焼を目指した「触媒燃焼に関する基礎的研究」というテーマで研究を行いましたが、原研入所後は、一瞬だけ非常に高い出力を発生するNSRRという研究用原子炉を使用して核燃料をぶっ壊し、出力暴走事故時における核燃料の破損限界と破損の影響とを調べるというのがテーマとなりました。就職後しばらくの間は、これはかなりの転身ではないかと考え、テーマの繋がりの無さが不利益をもたらすのではないかと身構えたものです。しかし、勝負どころは、推論を組み立てる際の細心の注意といった、大学院時代に繰り返し叩き込まれた普遍的な教えの方にありました。宮内先生はよく、「一つの山に登れば、他の山の頂が見える。どの山に登るかは悩むな。」と仰っていましたが、社会に出ると多くの場合、複数の山に同時に登れと求められます。私の場合、大学院時代に一つの山に専念出来る時間を長く持てたことはまことに幸いでした。到達出来る高さは人それぞれですが、最初に登りだした山でどれだけの高さに到達出来たかというのが、実は非常に大事なことであったと感じています。
 研究に限らずスポーツなどにも通じることですが、「成果は離散的にやって来る」ということを社会に出てから強く感じるようになりました。たとえ努力を続けていても、成果や他者から受ける評価は決して線形にはあがっていかず、停滞期と浮揚期とが階段状に交互に現れるという感触です。スポーツで喩えれば、練習をしていてもなかなか上手くならないが、続けているとあるとき昨日出来なかったことが今日は出来るというような感じです。一旦、この浮揚の味を知ると、次の停滞期に努力を続けやすいのですが、最初の浮揚期まで我慢出来ないと、すぐに諦める癖がついてしまいます。成功体験が次への励みになるという簡単なことですが、実は最初の浮揚感、成功体験をいつ、どのようなかたちで持てるかというのが後々まで尾を引くように思います。社会へ出てからの成果は集団によるものであることが多く、また、個人が受ける評価も複雑で浮揚感も単純ではありません。その点、学生時代の指導教官との関係は単純かつ濃密で、博士課程に入る頃になるとほぼ一対一と言って良い関係になります。一対一の、ときには闘いとも言えるような関係の中で感じる浮揚感は格別のものであり、大学院教育が与えてくれる大切なものの一つはこれではないかと感じています。
 最後に宮内先生の言葉をもう一つ。「優秀な奴はどこへ行っても優秀。駄目な奴はどこへ行っても駄目。だから進路で悩むのは本質的では無い。」というもの。身も蓋もないように聞こえますが、実に悩みから救ってくれる言葉ではありませんか。

2. 李 曄(2001年・博士修了、マツダ(株)、シニア・エンジニア)

 現在、マツダの空力実験研究開発グループで自動車の空力特性と風騒音性能の開発及び研究に携わっています。具体的には、風洞実験及びシミュレーションにより、自動車周りの流れ場を解析し、空気抵抗及び空力騒音を低減することが主な仕事です。私が所属している部門は研究所ではなく、量産開発を担当している開発部門なので、博士号を持っている社員が非常に少ないです。入社当時、自分の能力と知識が通用するかという不安を抱えていました。最初に与えられた仕事はシミュレーションによる風騒音予測技術の構築でした。研究室に在籍していた修士及び博士課程の5年間、ずっと空力騒音のシミュレーションに関わる研究を行っていたので、無難に課題を解決しました。この成果を自動車業界最高峰のSAE(Society of Automotive Engineers)2003 World Congressで発表しました。その後も、大学院で習った空力騒音の理論的知識と会社の風洞実験設備などを活用し、自動車の空力および風騒音低減方法開発に貢献しています。大学の基礎研究は企業の量産開発に役に立たないという話は度々耳に入りますが、私の経験から言わせてもらうと、まったくそうではありません。研究室の研究テーマが企業の開発内容と直接繋がらないケースもありますが、課題解決の考え方は共通です。私の場合、博士論文のテーマは‘圧縮性混合層から発生する空力騒音’であり、自動車の風騒音と関係がなさそうに見えますが、研究室で習った機械工学、流体力学、音響学及びシミュレーションなどのスキルが会社で十分に活かされています。
 大学では、専門知識の修得が勿論大切ですが、発表やコミュニケーションなどの能力も仕事を順調に進めるうえに重要なことです。修士・博士課程中に、研究室のセミナーや学会発表などを通じて、自分の考えをまとめ、他人を説得する能力を育むことが出来ました。これらの経験は会社において他社や他部門との交渉に役に立っています。又、毎年の研究室旅行では、綺麗な景色を楽しむと同時に、先生、先輩及び後輩などとの交流を一層深めることが出来ました。会社でも同様です。上司や同僚などの力を借りないと、個人の能力を最大限に発揮することが出来ません。
 社会のグローバル化が進んでいる中に、英語の重要性を感じました。研究室では、毎週英語の論文を勉強するセミナーが行われていました。更に、自分も英語で博士論文を書いたり、国際会議において英語でプレゼンテーションしたりしていました。大学で培った英語能力のお陰で、入社してから、フランス及びアメリカで開催された国際会議に出席でき、自分の成果を世界中の技術者にアピールすることが出来ました。
 私の感想では、大学で学んだすべてのことが現在の仕事に役に立っています。特に博士後期課程に進学することにより、自分の知識及び視野を広げ、会社で即戦力として活躍することが出来ました。


OBの声(李氏)写真1 - OBの声(李氏)写真2
博士学位授与式後、宮内先生、店橋先生および中国からの両親との記念写真

1. 岩瀬 識(2003年・博士修了、業種:航空宇宙関連)

 私は現在、主に航空用ガスタービンの空力機械の研究に携わっていますが、現在の仕事が主に設計と改良が中心とした「工学的」な仕事であるのに対して、学位論文のテーマはより理学的な、「乱流の微細渦構造」に関するものでした。基盤を流体としている点では共通ですが、対象としている流体現象のスケールが大きく異なります。学位論文では、主として超並列計算機を用いた乱流の数値計算を実施し、併せて実験も実施することで、その構造の解明に努めてきました。
  現在の仕事であるガスタービンの空力設計には、大学における経験があらゆる面で大きく寄与しています。直接的には、数値計算と実験の両者を経験したことが挙げられますが、現在のガスタービンなどターボ要素の空力設計においても、設計者に数値計算が実施できる能力が強く求められています。これは、一般に公開されているガスタービン設計用のデータが、米国の古いデータに基づいているため、より高効率なエンジンを実現するためには新しい設計データが必要となるためです。実験に多大なコストを必要とするガスタービンでは、その性能を事前に検証するための数値計算が不可欠となっており、数値計算により検証された設計について実際に試作が進められ、実験が行われています。
  研究室における経験が、現在の実務に多大に貢献しているのに加えて、学位を修得することには、間接的でありながらもさらに重要な意義があります。それは学位修得課程で、問題解決のための課題の設定とそのアプローチ、そして解決までの一連の思考の流れの組み立て方が鍛錬されることです。このことは、研究室のテーマとは直接関わりがなく、学位論文を組み立てていく過程で主に恩師からのご指導によって、修得し磨きあげるものです。上で述べたような数値計算の実施や実験の実施が、いわば問題解決のための手段に過ぎないのに対して、思考プロセスの修得は、道具を使いこなして得られた結果を理解し、結論を導き出せることを意味します。このことは、数値計算や実験以上に、現在の仕事を進めていく上で大きな糧となっています。
  また、学位取得者は仕事上の役割が、修士の学生とは始めから異なってきます。上で述べたとおり、問題解決への思考プロセスを修得しているものとして、はじめから修士取得者と比べて仕事上の大きな責任を背負うことになります。その責任は非常に重荷となって圧し掛かってきますが、その責任を果たし、課題を成し遂げたときには大きな充足感を得ることができます。その成果は今後の仕事の発展や、自分の成長に大きく寄与するでしょう。
  修士課程からさらに最低三年研究を進めなければならないこともあり、学位に意義や魅力を感じない学生も多いことと思います。しかしながら、「辛いから」、「大変だから」という理由で今後の進路を決めてしまうのは大変残念なことです。比較では無く、東工大の学生は優秀と感じるからこそ、今、学士や修士の学生の皆さんには、「今後の自分に何が必要か」、「これから何を目標にするのか」を見極めて、有為な研究生活を送って頂きたいと願っています。

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